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10月から裏千家の「初心者のための茶道教室」へ通うことにしました。

京都宇治でお茶体験をしてみて、「やってみたい!」と思い、申し込んでみました。本格的にというよりは、「まずは茶道に触れてみよう!」ということで、裏千家で運営されている「初心者のための茶道教室」へ行くことにしました。

 

 

 

 

 

宇治川の桜、すごくきれいでした。忘れられない景色。

 

 

 

裏千家って何?

 

 

茶道にかかわりがなくても、一度は耳にしたことがある「裏千家」。茶道流派の一つです。

千利休のひ孫にあたる、四代目の世代のときに、三千家が誕生します。それが、表千家・裏千家・武者小路千家の三つの流派です。本家筋は表千家、分家筋が裏千家になります。表千家が「不審庵」、裏千家が「今日庵」、武者小路千家が「官休庵」という、それぞれの茶室になります。

名前の由来は、三男 宗左の「不審庵」の裏手に「今日庵」があることから、宗左の不審庵を表千家、宗室の今日庵を裏千家と呼ぶようになったということです。流派は違えど、曾祖父は千利休ですからね。兄弟に何があったのでしょうか・・・?「分裂した」のではなく、戦略的に「分けて引き継いだ」という説もあります。

 

なぜ裏千家が多く広まったかというところなのですが、他の流派と比べて華やかさがあるということです。特に華やかでにぎやかな印象のする流儀が多いのが特徴です。茶道具の種類も表千家や武者小路千家と比べて多く、見た目の印象にこだわったデザインのものも多いのが特徴です。

 

 

 

 

千利休のわびさび

 

 

そんな三千家のご先祖様、千利休。

千利休は、「侘び茶(わびちゃ)」というお茶の様式を初めにつくりました。当時のお茶は、高価な茶碗やハデな演出でされていました。織田信長や豊臣秀吉に仕えてたくらいですからね。黄金の茶室を秀吉が造ったくらいド派手!

その後、茶の湯の一つの美意識、清楚で質素な生活を宗とし、物の不足のなかに心の充足と美を求める思想が生まれました。

「物の不足」、つまり、過剰なものをそぎ落とした状態の中に、美しさを見出す心が「侘び」です。

一方の「寂び」は、経年変化によって、新しい美がそこに備わった状態のことを言います。

 

 

元々、当時の茶の湯の第一人者・武野紹鴎の門をたたき、その紹鴎の心の師は、「侘(わ)び茶」の祖・村田珠光でした。

つまりは、千利休が愛したお茶と、秀吉の金ピカのお茶では、まったく思想が違っていたということになります。根本的な思想の違いから、結局、後に不幸を招いてしまう事となってしまうのですが、あの秀吉にも貫く思想があったからこその、「侘び寂び」が現在の日本人にも色濃く残されているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

裏千家「初めての茶道教室」

 

 

 

半年間で20回。終了時に許状「入門・小習(こならい)・茶箱点(ちゃばこだて)」と資格が頂けます。裏千家では、許状の他に資格というシステムがあって、茶道の修道者としての習熟度を表す資格があります。

前期4月、後期10月からになります。

 

今まで触れたことのない世界なので、正直緊張しますが、とても楽しみです!

 

 

 

 

茶々丸つれづれ

 

 

主が宇治を訪ねたとき、私はまだ子猫であった。

 

 

 

 

 

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