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みなさん、ごきげんよろしゅうございます!

またまた、旅がおあずけになってしまいました。

 

 

今回の勝手にお軸コーナー!

 

白雲自去来

(はくうんおのずからきょらい)

 

景徳伝灯録

(けいとくでんとうろく)

中国・北宋代に道原によって編纂された、禅宗を代表する禅宗史書。

などに見られる、

『青山元不動 白雲自ずから去来』

からきています。

青山は、煩悩に乱されることのない真実の自己や仏性のこと。

白雲は、貪り、怒り、愚かさなど真実の自己を覆い隠してしまおうとする煩悩のこと。

 

多くの修行を重ねても、妨害しようとする煩悩は雲のように起こり、去来する。

しかし真実の自己は全く汚されることはない。

煩悩に乱されない自分。こんな時こそ心に留めておきたい。

永遠のテーマですね。

 

 

こういったご時世もあり、旅行もいけない日々が続きますが、

いつか行ける日をイメージしながら・・・。

観光名所に行くとよく目にする茶室。

知らないとスルーしてしまいがちですね。

Masoho自身も以前はそうでした・・・。お恥ずかしい!

ところが、知れば知るほど楽しくなること間違いなし。

「へぇ〜茶室か〜。すごいね〜(棒)よくわかんないけど。 」からの、

「へぇ〜茶室!すごいね♪ 」に変わります。←ツッコミきてね。

 

 

芸術的な要素や、当時の時代背景や思想などがイメージできて、

楽しみの幅も広がること間違いなしです。

 

 

 

 

国宝の茶室

 

 

茶室といっても、数多あるのでまずは国宝の茶室から。

実は、国宝の茶室は3席のみ。

京都山崎妙喜庵

待庵 (たいあん)  

 

大徳寺龍光院

密庵 (みったん)

 

京都建仁寺正伝院にかつてあり、現在は犬山城下有楽苑にある

如庵(じょあん)

 

これらは、

国宝茶席三名席(こくほうちゃせきさんめいせき)

と呼ばれています。

 

 

 

 

待庵(たいあん)

 

現存する草庵茶室の中で最古です。

 

京都府乙訓郡大山﨑町・妙喜庵内にあります。

天正10年(1589)ごろの千利休作と伝えられています。

2畳+次の間+脇板 隅炉 上座床

床は壁から天井まで土壁で塗り廻された室床(むろどこ)

天井は、真・行・草の天井構成で、平天井・落天井・化粧屋根裏で構成されています。

 

躙口(にじりぐち)は一般的な大きさより、ひとまわり大きいです。

それは、千利休ご自身の身体が大きかったなど諸説あります。

大徳寺瑞峯院平成待庵がありますが、

これは初期の待庵を再現されたものなので、多少違いがあります。

 

 

 

密庵席(みったんのせき)

 

京都大徳寺龍光院(りょうこういん)内。

大名茶人小堀遠州(こぼりえんしゅう)作。

堺の豪商天王寺屋・津田宗及(つだそうぎゅう)の子息で、

当時龍光院を開山した江月宗玩(こうげつそうがん)のために建てたと伝わる茶室です。

四畳半台目・台目切・下座床

中国南宋の禅僧・密庵咸傑(みったんかんけつ)の墨蹟をかけるための書院床・密庵床があります。

密庵咸傑(みったんかんけつ)は、南宋初期の禅僧で、日本の臨済宗の系譜といわれています。

 

大きな特徴は、書院と草庵を融合させた遠州独自の意匠となっています。

 

書院の要素は

面皮柱・長押・七宝入り釘隠・貼付壁・違棚・書院床・腰高障子・縁高欄

 

草庵要素は

点前座の中柱の杉丸太・雲雀棚・台目切炉

点前座は茶立所(ちゃだてところ)のようなイメージです。

 

 

 

如庵(じょあん)

 

 

織田信長の弟、織田有楽(おだうらく)作。

有楽は利休の弟子の中でも『数寄の功者』として知られています。

台子相伝も、特別に豊臣秀吉の前で直伝を受けたそうです。

 

京都建仁寺にあったものを、愛知県犬山市有楽苑に移築されました。

2畳半台目+鱗板  下座床 向切

特徴は、点前座の炉先に中柱を立てて板をはめ、

火灯型にくりぬき、点前座に明かりを集中させた造り。

 

床脇には、三角の鱗板(うろこいた)を入れて、壁面を斜めにさせて、

茶道口からスムーズに客座に行けるようにしています。

点前座脇壁にある二つの窓は竹を詰打にした有楽窓になっています。

竹のスリットから入る光が雨の日には、回折現象によって虹の陰影が見られるそうです。

 

 

江戸時代以降、

有楽囲(うらくがこい)

 

筋違いの数寄屋

(すじちがいのすきや)

 

袴腰の数寄屋

(はかまごしのすきや)

 

と呼ばれるようになりました。

また、腰張に古暦が張られているので

暦張りの席(こよみばりのせき)

とも言われています。

色々な呼び名がありますね!

 

 

露地の蹲踞ですが、

加藤清正が朝鮮から持ち帰った 蹲踞(つくばい豊臣秀吉に献上。

さらに、豊臣秀吉から織田有楽が拝領したもので、

釜山海(ふざんかい)の銘がついています。

ここ重要☝︎

 

いかがでしたでしょうか?

一度には覚えられませんね・・・。

しかしながら、一度目にしておくことが大事だそうですよ!

記憶的に・・・

国宝茶室を目にすることがあったら、

ぜひ、このブログの太字の部分!

思い出してみてくださいね。

 

 

Masohoより。

みなさまへ。

では、また。

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