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みなさま!

ごきげんよろしゅうございます。

花展も無事に終わりを迎え、感謝の気持ちでいっぱいのMasohoです♪

一に茶道。二に茶道。三四がなくて五に華道!茶道!

 

今日の名物コーナー!!←いつから?

小堀遠州共筒茶杓 銘 あたら夜

小堀遠州は、多くの名物道具に和歌から銘を取ることで知られていますね。

 

あたら夜の  月と花とを おなしくは

あはれしれらむ 人に見せはや

後撰集 源 信明

むなしくすごすには惜しい春の夜の、

懐かしいおぼろの月と桜を見せるならば、本当に深く情趣を解する人に見せたいものだ。

 

春といえば、朧月ですね。

朧月といえば源氏物語に登場する『朧月夜』

話が脱線してしまいそうなので、源氏物語については次の機会に・・・!

 

 

今回は、茶道の道に入ると必ず目にする、

天目台・天目茶碗についてまとめてみました。

嬉しい♪

『七』が揃ってる〜!

 

 

 

貴人台・天目台の違い

 

 

天目台

 

お点前では

奥伝の台天目で用いられます。

天目茶碗をのせる台のことで、茶碗とともに中国から渡来した唐物です。

種類は、

堆朱(ついしゅ)

堆黒(ついこく)

倶利(ぐり)

存星(ぞんせい)

蒟醤(きんま)

螺鈿(らでん)

 

などでできています。

もともと、天目台は仏前に奠湯(てんとう)の際、天目茶碗と共に用いられました。

天目台は、天目茶碗を敬うものなので、その天目茶碗に見合った象牙茶杓が用いられます。

 

 

 

貴人台

 

天目台の一種で主に木地でできています。

裏千家では、貴人点・貴人清次というお点前で用いられます。

高貴な方にお茶を差し上げる時の点前作法です。

道具ではなく、お客様である貴人を敬うものです。

お供がお取り次ぎをします。

 

 

 

七種天目とは

 

 

中国10世紀の北宋時代、蔡襄(さいじょう)が1051年に著した茶録により、

それまで主流とされた青磁や白磁が圧倒され、天目が注目され大流行しました。

鎌倉時代、喫茶法と共に輸入されるようになります。

唐物が大流行し、室町時代には台子書院の茶には欠かせないものになりました。

七種天目は諸説ありますが、

 

曜変天目(ようへんてんもく)

油滴天目(ゆてきてんもく)

建盞天目(けんさん天目)

烏盞天目(うさんてんもく)

灰被天目(はいかつぎてんもく)

黄盞天目(おうさんてんもく

玳皮盞天目(たいひさんてんもく)

 

と覚えるようにしています。

 

 

 

七ツ台とよばれる数の台とは

 

 

天目茶碗をのせる天目台に、

数の台(かずのだい)とよばれるものがあります。

別名、七ツ台(ななつだい)と呼ばれます。

松屋会記(まつやかいき)・天王寺屋会記(てんのうじやかいき)・宗湛日記(そうたんにっき)など、

数々の茶会記に登場する名物です。

 

山上宗二記(やまのうえのそうじき)では、

『七ツ台・・・・、この台黒き台也、覆輪鍮石(真鍮)、朱にて梅鉢あり、同じく一文字あり、この梅鉢・一文字のなきものあり、この数の台のこと、飲みように口伝あり』

など記録されています。

他の会記と照合してみると、数の台は七ツということがわかり

七ツ台とよばれるようになりました。

 

7つのうち、

松永久秀所持は信貴山城で焼失、

織田信長所持は本能寺で焼失、

山上宗二記(やまのうえのそうじき)では、豊臣秀吉が二つ所持と記されますが、大坂夏の陣で焼失。

その後玩貨名物記(がんかめいぶつき)により、徳川将軍家が二つ所持していたことが記されますが、江戸明暦大火で焼失・・・。

とにかく焼ける・・・

残りひとつだけ実在している可能性がありますが、鑑定中とのことです。

この奇跡のひとつが本物だと祈るばかりですね!

 

 

 

尼崎台の蜈蚣(むかで)の印とは

 

 

番外編ですが、茶道検定1級問題にも取り上げられて尼崎台の蜈蚣(むかで)の印。

『むかで印』問題に見事撃沈したのであえてのせました(泣)

言い訳するとこの年の合格率2%・・・どうやって合格すればよいのでしょう・・・?

はい、力不足です・・・。

  尼崎台は唐物天目です。

天文元年(1532年)堺の天王寺屋宗柏津田宗及の祖父)が渡唐人に天目台20台を依頼しました。

20台には届かないものの、10台をもち帰国しますが、暴風雨により1台を失い、9台が到来しました。

その到着した港が尼崎だったので、尼崎台といわれます。

 

山上宗二記には、

『右此台ハ黒台也、朱ニテ台ノうちにむかで印、当世大名道具也、侘数寄ニハ如何、口伝在』

 

黒漆塗の台に、朱色で内側に蜈蚣(むかで)の印が描かれています。

むかで印!!

別名、蜈蚣台あるいは印の台と呼ばれました。

 

七ツ台(数の台)に次ぐ名物ですが、拝見記が残されていないことから、道具の格がだいぶ違ったようです。

 

 

 

人に教える風・自分勉強ブログにお付き合いいただき、ありがとうございます!

昔の古書だったり、現在の書籍だったり、たくさんの書籍を参考にさせていただいておりますが、私の知らないことや確定していない情報もあり、『諸説あり』と表現せざるを得ないもの現状です。また、そこが歴史の面白さだと感じております。

そして、将来的には、茶道の情報交換ができるようなブログを目指しております。

初めての方にもできるだけ簡単にわかりやすく伝えられるように努力すると共に、もっと茶道が楽しくなるような情報を提供できればと考えております。

みなさまの茶道ライフがもっと楽しくなりますように。

では、ごきげんよう!

 

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