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茶席で床を拝見するとき、よく掛けられる禅語を集めてみました。

※ここでは、より多くの禅語を覚えておきたいので、簡潔に行きたいと思います!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和敬清寂(わけいせいじゃく)

 

 

能の和し 能く敬し 能く清く 能く寂

 

和にはじまり、寂減(じゃくめつ)の境地に至ることです。

寂滅為樂(じゃくめついらく)とは、悟りの境地に至って初めて、真の安楽を得ることができるということです。

 

 

 

一期一会(いちごいちえ)

 

 

茶道に由来することわざで、一期とは、一生のことで、一生のうちのたった一度の出会いを大切に思うこと。亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えのことです。

 

 

 

 

主人公(しゅじんこう)

 

 

中国唐代の禅僧、瑞巖(ずいがん)和尚の言葉で、自分の中にいる本来の自分、もうひとりの自分のことです。

周りに流されることなく、自分らしさを忘れてはいけないということです。

 

 

 

喫茶去(きっさこ)

 

 

中国の唐の時代の趙州禅師の言葉で、

お茶を一服、いかがですか?」とおすすめする意味と、

喫茶したら去れ。」という意味があります。

どちらにしても、捉え方次第でだいぶ意味合いが変わりますね。

悟りを得るための言葉なので、自分なりの解釈になります。

 

 

無事是貴人(ぶじこれきにん)

 

 

臨済宗祖・臨済義玄禅師の言葉で、

「無事」とは、外に向かって求める心を捨てきった状態です。

求める心を捨てるということは、無気力や無関心で、惰性で生きることではなく、求めなくてもよいことに気づいた安らぎの境地です。

 

 

 

本来無一物(ほんらいむいちもつ)

 

 

達磨大師から六番目の祖師、六祖慧能(えのう)大師の言葉。

「本来」の持つ意味は、本質的・根源的ということです。

万物は実体ではなく、空にすぎないのだから、執着すべき対象は何一つないということ。

 

 

 

 

 

日日是好日(にちにちこれこうじつ)

 

 

大禅匠、雲門文偃うんもんぶんえん禅師の言葉で、

「毎日がよい日である」といった意味ではなく、

その日一日をただありのままに生きる、清々しい境地です。

山あり谷ありの人生の中で、一日一日を好日とするような自己として生きる意味です。

 

 

 

洗心(せんしん)

 

 

聖人此を以て心を洗い、退きて密に蔵れ、吉凶民と患を同じくす。

 

心を洗うこと。

心を洗わずにいれば、煩悩や妄想にとらわれてしまいます。

 

 

 

大道無門(だいどうむもん)

 

 

中国宋の時代の無門慧開の言葉。

大道には門がなく、どこからでも出入りが自由であるという意味。

悟りの世界には、どこから到達すべきかなどのこだわりはない、ということです。

 

 

 

行雲流水(こううんりゅうすい)

 

 

行く雲、流れる水のように、一処にとどまらず、悠々とありのままに生きるといった意味で、物事に執着せず、自然の成り行きに身を任せ無心で執著のない無碍自在な心境をあらわすことです。

 

 

 

 

 

 

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