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お稽古レポです。

楽しみにしていた、濃茶体験です。

 

 

本日の床を拝見。

 

 

 

本来無一物 (ほんらい むいちもつ)

 

禅語のひとつで、

本来、この世界は空であり無であり、

この身に菩提を宿すと言ったところで、

この身も空である。

心の塵を払い鏡のように磨くといったところで、その鏡も同じく無である。

悟りへのこだわりもまた迷いもなく、

全てが無なのである。

 

つまりは、万物は実体はなく

空にすぎないのだから、

執着すべき対象は

何一つないということだそうです。

 

 

この言葉の続きは、

 

無一物中無尽蔵 (むいちもつちゅう むじんぞう)

花あり、月あり、楼台あり。

 

何も持っていない、

何にも執着していないからこそ、

そこには無尽蔵の可能性を秘めている。

自分の想像をそのまま投影すれば、

花も月も楼台も、

何でも描くことができるというものです。

 

お金や物、権力など、欲しいものを手に入れてしまうと、失うことの怖さから執着してしまいます。

きっと、誰でも…。

執着はやがて不安に変わり、

自分を苦しめてしまいます。

 

そんな時、この言葉を思えば、

執着や不安も和らぎ、

いろいろな可能性を持って挑戦できる気がします。

 

 

濃茶体験!

 

 

自分で濃茶を点てたりしますが、

ここまで先生と違うとは…!😱

甘くてなめらかで、旨味がある…?

(食リポむいてないかもです…)

見た目は、光沢があり、飲んだ後も茶碗と一体化している…?

 

見たことある気がする…。

 

 

 

白虎白黒

主よ、邪心がちらつきすぎている…。無一物になるのだ。

 

 

失礼しましたっ…!

 

薄茶と濃茶では、所作にもだいぶ違いがあります。盆略手前の大切さを実感しました。

 

 

 

 

今日は、猫の日だ。

グラビア風だ。

 

 

 

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